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京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)25号 判決

原告 周防武史

被告 上京税務署長

代理人 小林克己 矢野敬一 佐治隆夫 ほか五名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告が原告に対し昭和五五年一二月二二日付でした原告の昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税の更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨。

第二主張

一  請求の原因

1  原告は、肩書住所地において「周防機業店」と称し、祝ふくさを主とする織物業(帛紗製織)を営む者であるが、被告に対し、本件係争年分の確定申告をした。

被告は、昭和五五年一二月二二日付けで原告に対し昭和五二年分、昭和五三年分及び昭和五四年分の所得税の更正処分並びに過少申告加算税賦課決定処分(以下、本件各処分という)をした。

原告は、本件各処分に対し、異議申立及び審査請求をした。

以上の経過と内容は、別表1記載のとおりである。

2  しかし、本件各処分には次の違法事由がある。

(一) 本件各処分には推計課税の必要性がなかつた。即ち、被告の調査担当者は、原告に対する税務調査にあたり、調査の理由を開示せず、かつ、第三者の立会を拒んで十分な調査をしなかつた。

(二) 被告は、原告の本件係争年分の所得金額を過大に認定した。

よつて、原告は被告に対し、本件各処分の取消を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因、1の事実は認め、2の事実は争う。

三  抗弁

1  被告の部下職員は、昭和五五年七月二一日、同月二二日、同月三一日、同年八月一日、同年九月二日、同年一〇月二一日及び同月三〇日と数回にわたつて原告方を訪問し、本件係争年分の所得金額の計算の基礎となる帳簿書類等の提示と事業内容の説明を求めたが、原告はこれに応じなかつた。

そのため、被告はやむなく反面調査のうえ推計課税の方法で本件各処分をしたのであつて、本件各処分に手続的瑕疵はない。

2  原告の本件係争年分の所得金額について

(主位的主張)

(一) 原告の本件係争年分の所得金額は、別表2記載のとおりである。

(二) 同業者の選定と同業者所得率の算定は、次のとおりである。

被告は、京都市内に納税地を有する同業者の内から、本件係争年分で次の条件に該当する者を選んだところ、別表5の1記載のとおりの一事例を得た。

イ 力織機により主として交織の祝ふくさを製造している個人であること。

ロ 年間を通じ継続して事業を営んでいること。

ハ 本件係争各年分について継続して青色申告書を提出していること。

ニ 不服申立又は訴訟提起をしていないこと。

右同業者は、営業地域、営業形態、取扱商品等の点で原告と類似性があり、青色申告であるからその数値は正確である。従つて、右同業者から同業者率を算定し、これを原告に適用することには合理性がある。

右同業者は、力織機を用いて、ふくさを八五%、テーブルセンターを一五%の割合で製織し、帯は製織していない。主要原材料である原糸は化繊が九〇%、正絹が一〇%で、原糸は原糸商から仕入れている。製品はほぼ全量を問屋に販売している。これらの点で右同業者は原告と類似している。右同業者の売上金額は、原告の二ないし三倍であり、力織機の台数は原告が五台であるに比して九台であるが、力織機は旧式であり、売上金額及び織機台数が多くても所得率には差異を生じない。

(予備的主張)

(一) 原告の本件係争年分の所得金額は、別表3記載のとおりである。

(二) 同業者の選定と同業者率の算定は、次のとおりである。

被告は、被告の管内に納税地を有する同業者の内から、本件係争各年を通じて次の条件に該当する同業者を選んだところ、別表5の2記載のとおりの申告事例を得た。

イ 織物製造業(西陣織)を営み、それ以外の事業を兼業していない者であること。

ロ 年間を通じ継続して事業を営んでいること。

ハ 継続して青色申告書を提出している個人であること。

ニ 本件係争年分の課税処分につき不服申立又は訴訟提起をしていないこと。

ホ 本件係争各年分の売上金額がいずれも一〇〇〇万円から三五〇〇万円までの範囲内にある者であること(この基準は、上限は原告の昭和五二年分の売上金額の五割増し、下限は原告の昭和五四年分の五割とした。)。

ヘ 事業専従者が二人以下であること。

右同業者は、営業地域、営業形態、取扱商品等の点で原告と類似性があり、無作為に抽出されたもので、青色申告であるからその数値は正確であり、同業者の数も一一名と、資料の客観性と普遍性を担保するに足るものであるから、右同業者から同業者率を算定し、これを原告に適用することには合理性がある。

3  以上によれば、原告の主張するような違法はなく、原告の本件係争年分の事業所得は本件処分を上回つており、本件各処分は適法である。

四  抗弁に対する認否

1  調査担当者は、原告が「第三者立会いの下で調査理由を明らかにすれば調査に協力する」と告げたにもかかわらず、第三者の立会いを拒否し、原告に対し合理的、客観的な調査理由を告げず、十分な調査をしなかつた。原告が帳簿書類等に基づいてその事業内容を説明しなかつたことは認めるが、原告が調査を拒否したものではない。

2  同業者率について

(主位的主張について)

被告主張の同業者は、訴外松井機業店こと松井盛吾であるが、松井は、主として帯を製造販売し、ふくさ、テーブルセンター等は従で、完成品を一般の小売店に販売している者であるから、利益率も高い。原告は、昭和五二年分以外は製造をしておらず、帯の販売が売上金額に占める割合は昭和五二年分が九・四三%、昭和五三年分が一・九四%に過ぎず、交織の祝ふくさの半製品を、図柄を支給されて製織し、特定の取引先に納品しており、右同業者とは異なる。また、同業者の売上金額は原告の約二・六倍ないし三・一倍であつて、営業規模が異なる。

(予備的主張について)

西陣織業者といつても、その取扱商品及び業態は区々に分かれるのであつて、いずれの同業者も原告と類似せず、このような同業者の所得率を原告に適用することは、杜撰な推計と言うべきであり、無理がある。西陣織の織物製造業者には、いわゆる「織屋」、「仕入機」、「賃機」の三業態があり、これらを同視することは不可能であり、また、「帯」と「ふくさ」とでは、材料、工程、設備等、その製品過程が異なる。更に、被告主張の同業者には、外注費の全く無い業者が四軒もあり、これは賃織業者である。

青色専従者給与(配偶者)をも雇人給料賃金に算入して計算すべきである。

3  売上金額に対する認否は、別表4記載のとおりである。

別表6記載の利子割引料は認める。

事業専従者控除は、認める。

五  再抗弁

1  外注費は、別表7原告主張欄記載のとおりである。

2  支払利子は、被告主張の他に、京都銀行に対する昭和五二年分四万一三六二円、昭和五三年分七万〇二二三円、昭和五四年分七万四六〇四円がある。

六  再抗弁に対する認否

1  外注費に対する認否は別表7被告認否欄記載のとおりである。

2  原告主張の支払利子は、原告が住宅工事に関して京都府住宅改良資金から借り入れた融資にかかる分であつて、事業所得の計算上は経費と認められないものである。

第三証拠 <略>

理由

一  原告が、肩書住所地において「周防機業店」と称し、祝ふくさを主とする織物業(帛紗製織)を営む者であること、被告に対して本件係争年分の確定申告をしたこと、被告が本件各処分をしたこと、以上の経過と内容が別表1記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  推計の必要性について

原告は、「第三者立会いの下で調査理由を明らかにすれば調査に協力する」と告げたにもかかわらず、被告の部下職員が第三者の立会を拒否し、調査理由を開示せず、反面調査をしたことが違法であると主張する。

しかし、調査にあたつて第三者の立会いを認めるか否かは、原則として調査担当者の裁量に委ねられていると解するべきところ、本件調査において第三者の立会いを拒んだことが違法であつたと認めるべき特段の事実の主張立証はない。また、調査担当者が調査にあたつて具体的調査理由を開示しなかつたからといつて、その調査が違法であるとは言えない。原告が調査の違法事由として主張するところは理由がない。

原告が帳簿資料等に基づいてその事業内容を説明しなかつたことは、原告の自認するところであるから、被告が反面調査のうえ推計課税の方法で本件各処分をするも止むを得なかつたと言うべきである。

三  原告の本件係争年分の所得金額

(被告の主位的主張について)

1  原告の売上金額は、別表8記載の限度では当事者間に争いがない。

2  推計の合理性

(一) 同業者の選定

<証拠略>によれば次の事実が認められ、<証拠略>中右認定に反する部分は採用し難く、右認定を左右するに足る証拠はない。

被告は、京都市内に納税地を有する同業者の内から、同主張の条件(本件係争各年分について継続して青色申告書を提出し、力織機により主として交織の祝ふくさを製織している個人で、年間を通じ継続して事業を営み、不服申立又は訴訟提起をしていない者)に該当する者を抽出し、別表5の1記載のとおりの一事例を得た。京都市内で力織機による交織の祝ふくさを主として製織している者は非常に少ない。

右同業者は、当時、力織機九台と出機(外注)とにより製織していたが、ふくさは一枚単位ではなく連続して製織するため、その製織工程は帯と同一で、ふくさを八五%、テーブルセンターを一五%の割合で製織しており、帯は製織せず、その主要原材料は化繊が九〇%、正絹が一〇%で、原糸は原糸商から仕入れている。なお、ふくさは前年度の売れ行きを参考に見込量を製織し、製織量の一割五分ないし二割が図柄もので、図案は問屋から支給されず、「五三の桐」など需要の多い家紋を織り込んで完成品を製織し、別に刺繍を要するような高級品や、半製品は殆ど製織せず、若干ではあるが刺繍や房を付ける場合等は外注に出すなどしていたが、これによる口銭は取らないに等しい。また、ふくさの販売先は三〇軒程の問屋で、小売店への販売は一%程度である。

(二) <証拠略>によれば、次の事実が認められ、<証拠略>中この認定に反する部分は採用し難く、右認定を左右するに足る証拠はない。

原告は、力織機(動力がモーターで、手織機と区別され、機械自体は帯を織る機械と同一である)五台と出機(外注)とにより、祝ふくさ(結婚式の饅頭ふくさとして使用する、幅三〇センチ、長さ三五センチ位のもの)のふくさ地(半製品で、裏に紋を刺繍して縫製し房を付ける工程が残る)を製織し、昭和五二年分以外は帯を製織せず(帯の販売が売上金額に占める割合は昭和五二年分が九・四三%、昭和五三年分が一・九四%である)、祝ふくさは交織(ポリエステル、レーヨン等の価格の安い化学繊維を使う)で正絹はごく少ししか使わず、原糸は原告が仕入れる。

図柄の種類は「鶴亀」等一二ないし一五種類で、有限会社野崎機業店と宮井株式会社に対する売上のうち五、六〇パーセントは図案支給によるものであり、株式会社清原商店からは全く図案を支給されていない(第二回原告本人尋問の結果中右供述と異なる供述をしている部分は、右第一回供述及び弁論の全趣旨に照らし措信できない)。

外注による工程は、織物の工程のうち、糸染め、撚糸(糸より)、綜絖(紋紙)等である。先染め(糸を先に染めて柄を織つていくもの)の紋織物はしない。ふくさは多品種少量生産であるから、外注費が高い。

(三) 推計の合理性

以上の認定事実によれば、同業者は、力織機と出機とにより主としてふくさを製織しており、帯は製織せず、その主要原材料は殆んどが化繊で、原糸を原糸商から仕入れ、図柄ものをも製織し、刺繍や房を付ける場合等は外注に出すなどし、製品のほぼ全量を問屋に販売しており、これらの点で原告と類似している。

ところで、同業者が類似していることは、同業者所得率に基づく推計課税に合理性を肯認する重要な要件ではあるけれども、反面、如何に類似している同業者であつても相違点がない者はないのであつて、特に、同業者が一件のみの場合には、一般的にこのような同業者所得率には普遍性が乏しいと言う他なく、従つて、類似点が多いからといつて直ちに推計課税に合理性があるとも言えないし、また、相違点が多いからといつて直ちに推計課税に合理性がないとも言えない。推計課税は、同業者との類似点と相違点とその他の諸事情を総合勘案して、より合理的な推計の方法がなく、かつ、当該推計による所得金額が真実の所得金額に合致している蓋然性があれば許されると解するのが相当である。

そこで、以下、この点について検討する。

(1) 同業者の売上金額は原告の約二ないし三倍であるが、このような売上金額の差違は、一般的には、売上原価率には著しい差違を生じないと解される。もつとも、一般経費率は売上金額の多少により影響されると解されるけれども、本件においては、別表5の1記載のとおり、同業者の一般経費率は売上金額の一〇%以下で、且つその約半分が原告においては左程の支出があると認められない租税公課と福利厚生費とであつてみれば、売上金額の多寡によりその他の一般経費に差違を生じるとしても、その影響するところは比較的乏しい。

(2) 力織機の台数の差違は売上金額の差異に反映していると解されるところ、売上金額の差違については右に述べたとおりである。

(3) 原告は、図柄を支給されて特定の取引先に納品しているから利益率が低い旨主張する。なるほど、原告は「鶴亀」等一二ないし一五種類の図柄のあるふくさを製織しているが、同業者が図案を問屋から支給されていないのに比し、有限会社野崎機業店と宮井株式会社に対する売上のうち五、六〇パーセントは図案支給によるものと認められる。しかし、<証拠略>によれば、右売上先に共通して納めている図柄も五種類程あり、他に原告の方から試作品を持ち込んで図柄支給の物とする場合もあると認められ、そうとすれば、図柄支給の場合には図案作成の費用等を免れ、原告において試作品を作る場合でも特定の販売先に安定して納品できるため不良在庫等の無駄が省けるとも思料されるから、仮りに販売価格が比較的廉価であるとしても、利益率としては、右同業者が前年度の売れ行きを参考に見込量を製織していること(<証拠略>によれば、同業者においては毎年五%から一〇%程度の売残品があり、これらはいわゆるバーゲンセールに協力して通常販売価格の半値位で売られると認められる)と比較して、原告の利益率が同業者に比して低率であるとは認め難い。

(4) 後記のとおり外注費は特別経費として算出所得金額から控除することとなるから、外注の程度に差異があることをもつてしても算出所得に差異を生じるとは言えない。

(5) 原告は、その第一回本人尋問において、外注費、売上金等が電算機のテープに記録され、これらを集計した書類があると供述しているにもかかわらず、これらの資料を当裁判所にも提出しない。

(6) 原告は、被告主張の同業者が訴外松井機業店こと松井盛吾であつて、松井の営業が、主として帯の製織販売で、ふくさ、テーブルセンター等は従で、また、その販売先が不特定多数の小売店であると主張するけれども、被告主張の同業者の営業形態は既に認定したとおりであり、右原告主張は認め難い。

(7) 以上によれば、被告主張の同業者所得率から原告の所得金額を推計することには合理性があると言うのが相当であり、他に、推計課税の合理性を左右する事実は認め難い。

3  外注費等は、別表7被告認否欄記載の限度では当事者間に争いがなく、その余の外注費を認めるに足る証拠はない。

4  別表6記載の利子割引料は当事者間に争いがない。その余の原告主張の支払利子を原告主張の売上に関する経費と認めるに足る証拠はない。

5  事業専従者控除は、当事者間に争いがない。

6  以上により、原告の本件係争年分の事業所得金額を計算すると、別表8記載のとおりとなること、計数上明らかである。

四  そうすると、本件各処分は右に認定した事業所得金額の範囲内であるから、その余の判断をするまでもなく、被告が原告の本件係争年分の事業所得を過大に認定した違法はないと認められる。

五  よつて、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 井関正裕 田中恭介 榎戸道也)

別表 <略>

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